「ミスター麻雀」の愛称で知られたプロ雀士の小島武夫さんが2018年5月28日、心不全のため亡くなった。82歳だった。日本プロ麻雀連盟が31日午後、公式ツイッターで発表した。今回の訃報を受けて、ツイッターやネット掲示板では、小島さんが達成したある快挙を思い出すユーザーが続出した。それは、最高難度といわれる役満「九蓮宝燈(チューレンポウトウ)」を、わずか8順でツモ和了(あが)ったことだ。
■「魅せる麻雀」がモットー
小島さんは1936年、福岡県生まれ。10代の頃から麻雀を始め、故・阿佐田哲也氏らとともに「麻雀新選組」を結成。テレビ番組にも出演するなどタレント的な人気を集めた。「プロ雀士の第1人者」とも言われ、81年に誕生した日本プロ麻雀連盟では初代会長に就任した。
手役で高得点を狙う「魅せる麻雀」がモットーで、その力強い雀風から多くのファンに愛されてきた。かわぐちかいじ氏の漫画「はっぽうやぶれ」(近代麻雀コミックス)では、主人公のモデルも務めた。
そんな小島さんの訃報を受けて、ツイッターなどには「雀プロといえば小島さんだった」「麻雀界の発展のため数々の伝説を残してくださりありがとうございます」などと惜しむ声が続出。こうした中で注目を集めたのが、「九蓮宝燈」だった。
九蓮宝燈は最も牌を揃えるのが難しい役満とされる。実際、コナミのアーケードゲーム「麻雀格闘倶楽部」が2003年10月に発表した統計記録によれば、プレイヤーが成立させた全ての役満19万1724件のうち、九蓮宝燈はたった308件(0.16%)だけだった。
小島さんは生前、複数回にわたってこの役満を達成したことでも知られる。とくに、2009年の「モンド21麻雀プロリーグ 第3回名人戦」のテレビ収録対局では、ほぼムダヅモなしのわずか8順で九蓮宝燈をツモ和了っていた。
今回の訃報を受けて、ファンの間では「伝説」とも言われるこの一局を思い出したユーザーは多かったようだ。ツイッターやネット掲示板には、
「あの九蓮宝燈は麻雀の神が舞い降りた瞬間だった」
「あの名人戦のムダヅモほぼなしの九蓮宝燈を見たとき本当に鳥肌が立った」
「小島さんといえばモンドの九蓮。あれほど強運で華やかな役満は唯一無二だと思う」といった声が相次いで寄せられている。
引用元: https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180531-00000009-jct-ent
みんなのコメント
残念です。
合掌。
大一番であんなの上がれる人は何か違うんだろうね
「えっ?あの人亡くなったの?」
「何?お前、小島武夫知ってんの?」
「海パン姿で寒いギャグやる人でしょ?最近あまり見ないね」
「・・・。それは小島よしおだろ~が~!」
これだから女はダメなんだよ。(怒)
その上で、わずか8手でツモったというのは、どんな場所でやったのか知らんが、そもそもの配牌がよっぽどよかったのでは?と思ってしまう。
大学の時麻雀覚えて先生の動画よく見てたなぁ
ご冥福をお祈りします
名人戦の九蓮は九萬積もったから完成したけど
安めならただのメンチンだったろ
今の受け身姿勢の若手雀士にはないよなあ。
ありがたいひとでした。
合掌
懐かしい。
御冥福をお祈り致します。
九蓮宝燈を複数回上がったことは、小島さんが生涯に渡って手役にこだわり続けたことの証だ。
ミスター麻雀のご冥福をお祈りいたします。
時に人に見られても恥ずかしくない麻雀の打ち方、
それを魅せて教えてもらったのが小島さん。
ゲーセンでたまたま見かけて、
握手してもらったのはいい思い出。
もし他の世界があるのなら、
あの感じで打ち続けていてほしい。
ただ、勝つだけじゃなく「魅せる」に
こだわった本物の麻雀プロでしたね。
ミスター麻雀よ永遠に…
皆さんの追悼コメント見て、愛されたプロやったんなぁと。。私も、その一人。
学生時代に小島さんの真似して、めちゃくちゃな迷彩打ちやってたの思い出した。
ご冥福をお祈りします。
雀荘で隣の卓でアガった人が出て、マスターが顔色変えて『今日は店じまい!悪いけどみんな帰って!』と言われ、盛り塩してたよ。
小島さんのぶち方が好きでした。まさに雀聖は貴方です。
本当の意味でのプロだったと思う。
お疲れ様でした。
きゅーわんかぱーわん
さっきYoutubeでその局を見てきた
すごかった
謹んでご冥福をお祈りします。
きっと今頃あっちで色川先生とすごい対局してるに違いない。
今宵も変わらず教えを乞います!
ありがとうございました。
あっちでも夢の続きをやってください。
すごすぎる
2面子を捨てて和がったのなら賞賛するけど。
こんないい手を安手で潰されたとしても「それはいい手だね」と流してあげるくらいが上司としては良い対応だろう
とか心構えについて説いてて面白かったw