来年のNHK大河ドラマ「いだてん~東京オリムピック噺(ばなし)~」(1月6日スタート、日曜・後8時)の初回試写会が14日、東京・渋谷の同局で行われた。番組の終わりに「このドラマは史実を基にしたフィクションです」とした大河では異例の注釈テロップが記されることが明らかになった。
試写会後に取材に応じた制作統括・訓覇(くるべ)圭氏は、この注釈について「ドラマであり、もともとフィクションなので、別段表示しなくてもいい。ただ意外に事実が多く、事実とは何かを考える機会にもなる。
事実の大切さとフィクションの楽しさを両方持っているという自分の思いも込めた」と説明した。本作では、当時の事実関係を調査するのに相当な時間を割いているといい、知られざる「事実」が多く描かれていることを強調した。
「いだてん」は、東京高等師範学校の嘉納治五郎校長のもとに五輪の招待状が届いた1909年から、64年の東京五輪開催までの激動の55年間を描く。
12年のストックホルム大会で日本人として初めて五輪のマラソンに出場した金栗四三役の中村勘九郎(37)と、東京にオリンピックを招致するために尽力した日本水泳連盟会長・田畑政治役の阿部サダヲ(48)がダブル主演を務める。
訓覇氏は、「ストーリーは事実ベースで、ネタかと思われるのが嫌」と話し、初回で描かれた事実として以下の主な具体例を挙げた。
〈1〉嘉納がフランス大使館に呼び出される場面
〈2〉嘉納が五輪参加を前向きに検討し、周囲から反対される場面
〈3〉金栗が雨の中激走し、帽子の塗料が溶け、顔に血がかかったようにみえる場面
〈4〉スポーツ社交団体「天狗倶楽部」が服を脱ぐ場面
さらにドラマで使われた過去の資料映像は、NHKの所有映像以外に購入した映像があるといい「どこにあるか、いくらかかるか、使えるのかを調べた」と、徹底したこだわりを明かした。試写会を終え、「1話目は壮大なプロローグ。
4年くらいやっていて、自分的には感無量。すべてのエネルギーが役者さんに乗り移った。子供たちにも見てほしい」と胸を張った。
大河ドラマの58作目。2013年前期のNHK連続テレビ小説「あまちゃん」の脚本家・宮藤官九郎氏(48)と訓覇氏が再びタッグを組み、宮藤氏は初めて大河の脚本に挑んだ。撮影は、全47話の半分ほど終えたという。
引用元:https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20181214-00000195-sph-ent
ネットの反応
今までの大河もフィクションだよ
戦国物も近代物も全て歴史的事実に基づいた創作なんだけど
登場人物に直接繋がってる人や、後半はご存命のご本人も多いからの注釈なんだろうね
今までの大河もフィクションやろ。
これまでの大河と比べて、割りと最近のストーリーだからね
今までだって、なんでもかんでも主人公の手柄にするフィクション大河だったじゃないか
日韓併合の前後の現実の現状をフィクションとしてドラマを作りましょう。瓦葺の屋根などありません。藁葺きの掘建て小屋です。
錦糸を使った服など着ていません。ボロ布を巻いた服です。
役者さんも嫌でしょうね。女優さんは、胸を出した衣装です。
これでは、成人動画ですね。(笑)
視聴率低そう
楽曲や効果音が入った時点でフィクション化するといって
一切演出的な音を入れない作品があったが、
演出が入った時点である意味フィクションなので
気にすることないと思うけど。
朝ドラで良いような近代のネタが大河として登場するのには違和感を覚える。
>完全ノンフィクションの大河とか記憶に無いなぁ・。
昭和61年の「大河ドラマ:いのち」(=橋田壽賀子さんの書き下ろし作品/主演:三田佳子)は、一切、歴史上の人物が出ない普通のドラマ
だったよ。
別に今に始まった事ではないので、良いのでは。
GACKTの上杉とかも有ったし。
歴史の事実を、勝手にフィクションで面白くしようとするから、面白くないし、視聴率も下がる。ま、そこらへんのドラマと変わりないし,放送時間帯だけが、「大河」かな。
大河は全てフィクションだボケ。
世の中「暗黙の了解」が通じなくなってきて久しいですからねェ。やっと出てきたか、てなトコですね。
パーマン98号で。大衆に向け、誤った教え方をしなければ、信仰に背く誤った習慣から両生類として細胞に記憶されずに済んだこと。生活習慣と乾布摩擦は、先人の偉大な教育と毛筆。
要は朝の連続ドラマが史実をベースにしたフィクションで当たり続けたからそれに乗っかっただけでしょ
コメディ調にするってことかな?
いよいよ朝ドラ状態に。オリンピックテーマ、阿部サダヲ、
想像難しくない。
3丁目でやりきってるのでは
大河ドラマ、西郷みたいにでっちあげ人物像はもういい。明治以来の慣行を守るnhkができるのはフィクションでしょうね。
新撰組はかなりフィクションだったと思います
芹沢鴨がかっこ良く描きすぎ
もっとだらしない感じだと思うのですが
事実を知る資料が多く仕方ない
現代に近くなればなるほど残っている記録も多くなるだろうし、下手すると世の中に美談として残っているエピソードが、実は全然美談じゃなかった(それこそフィクションだった)なんて例も出てくるかもしれないし、
「史実を元にしたフィクション」て通常運転ですよね?
限りなく史実を追ってこそ、この国のこの話につながる自分がいる。だから、話を作ったと前触れがあった今年の大河は見なかった。
西郷は、わかっていることばかりを、俳優を変えて作り直しただけで、さほど面白くなかった。
結局、フィクションがいいのだろうが、それを勘違いして本当の事として話まくる人もいるからな。
事実でないと、揶揄するのであれば、自身で正しい歴史を学問すればいい。
全部諸説ありでごまかせる。
大河とは、「日本人の先祖からの引き継がれた生き様」
だと私は思っていました。
つまり、過去の小さい流れを1年間で放送する。
それを繋ぎ合わせると大きな歴史の河になる。
事実は小説より奇なり。です。
ん?今回はパスかな。
どうでもいい。観る気はない。
今までの大河もある程度フィクションの部分があると思って見てたよ。
別に断りは要らないんじゃないかな。
フィクションとする事で
2つの世界大戦をサラッと済ます気なのかな。
何を今さら。今までの大河ドラマだって十分にフィクションじゃん?
――ってみんなに先に言われてるな