女優の遠野なぎこ(38)が、賛否を呼んでいる絵本作家のぶみ氏(39)が作詞した「あたし、おかあさんだから」の歌詞内容に号泣する一幕があった。
「あたし-」は、「おかあさん」による独白調の歌詞で、母親になったことで独身時代からライフスタイルが変わっても、子どものために頑張ることに幸せを感じている女性の姿が描かれているが、子どもを育てる母親の自己犠牲を美化しているとの批判も噴出し、作詞を担当したのぶみ氏が5日、自身のフェイスブックで歌詞の真意を説明する騒動となった。
5日放送のTOKYO MX「バラいろダンディ」は、この歌詞をめぐる騒動について取り上げ、MCの蝶野正洋は「批判受ける意味が俺はわからない」と首を傾げた。
遠野も蝶野に同調し、「私自身がお母さんになったことないからわからないのかもしれないけど…」とコメントしようとして声を震わせ、号泣。突然あふれ出した涙に自身でも「なんで泣くの!? なんか最近おかしいね」と驚きつつ、「こういうお母さんになりたいって思うけどね」と語った。
一方、漫画家の倉田真由美氏は「批判受けるのは、そりゃそうだと思う」とし、子を持つ母親の立場から「お母さんのあり方っていろいろでいいじゃないですか、爪が長くたっていいし。『おかあさんだから爪きるわ』とか『朝5時に起きるの』とかって、こういう歌詞で言われると、それがお母さんだから当然って言われてるような気がする。もっと多様性があるのがお母さんの形。歌詞にされた途端、プレッシャーになるんですよ。そうじゃないお母さんの否定に聞こえてしてまう、どうしても」と私見を述べた。
また、タレントの梅宮アンナは、自身も子を持つ母だが「私は何一つ当てはまってないんですよ。全く変えなかったから、子どもが生まれても全然変えなかったから、ヒールもバンバン履いてたし」とぶっちゃけて笑いを誘った。
引用元: https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180206-00118396-nksports-ent
「こういうもんだよ、これが母たる姿だよ」って意味で書かれてるように感じ、押し付けられたように思うケース
があるんじゃね?
この歌詞は育児で辛い事は何ですかとのぶみ氏がSNSで募集してそこの回答を複数ピックアップしたら炎上してしまったというもの。
ヒステリックや一部のクレームで片付けるのではなく日本の母親が家事育児仕事で余裕がなくなってしまったから炎上しているのでは?
私は母親ではないがこのような歌を聴いて少なくとも疲労感が増強するように思えてならない。
懸念するってことは…。
たぶん、日頃から「母親なんだからそうして当たり前だろう」って
お姑さんからの苦言や世間一般の良識やネットの暴言やw
なんやかんやに苦しめられてる、或いは自分で自分を縛り付けて
身動きできなくなって苦しんでる人が多いんだろうな。
本当に当たり前だけど、母親の数だけ「良い母親像」がある
くらいに思っていいんだよ。世間にとっては多少ダメダメでも
子どもには自分が一番ともっと自分を認めてあげてもいいんだよ、
きっと。世の中の自信のないお母さんたち。
でも逆に、お母さんだからと思う事で苦しくなった事もあります。
母親の性格が違えば子供の性格も違う。考え方も生活スタイルも親子の幸せも本当に人それぞれだと思うので、共感出来ないなら出来ないで気にしない方がいいと思います。
共感出来ない事に目くじら立てるより、子供と笑顔になれる事を考えている方が楽しいです。
歌詞を2番3番…と増やして、あ、わたしは何番タイプのおかあさんだけど、そうそう子どもを愛してる。ってなるし、わたしのおかあさんは何番に似てるけど、やっぱり愛してくれてるんだなぁて。
批判している奴らには、理想的な歌詞を是非書いてみてもらいたいもんだ。
内容は母親になった幸せを綴っているだけ
誰かを非難したりこうしなきゃいけないという内容じゃない
人それぞれの母親像があるわけでそれにいちいち噛み付いたり批判する社会というのは度量が狭いというか優しくないなぁ
子どもが産まれて子ども中心の生活になることは悪いことなのか?親として子どもに尽くして何が悪い?それを喜びとしている人だっている。
子どもが産まれてもネイルもお化粧も綺麗にしてオシャレにしてるお母さんも素敵だし、人それぞれなんだから。
別にこの歌詞は「子どもの為に自分を犠牲しろ」なんて一言も言っていない。子どもが産まれてからも自分のライフスタイルを崩さず生活している人を悪いとも一言も言っていない。批判してる人たちが勝手にそうとらえてるだけ。
お母さんってそういうもの?
歌詞の作り方が下手だと思う。
あんなにおかあさんだからを繰り返されたら
ちょっとしんどいわ。
おかあさんだからの部分に悲壮感が漂う。
母親になる資格に欠けていても母親になってしまった人の子供には本当に同情する。
批判する人(恐らく親になりきれてない親)やこの記事で批判に同調する倉田ナンタラ、梅宮アンナって人間的にクズの部類に入る人ばかりだと思う。
この世にある全ての曲に国民がいちいち審議しますか?って話。
おかあさんといっしょ出身のだいすけお兄さんがうたったってだけで、誰も押し付けてないよ…
なんかなぁ。
状況が許すなら、妻に仕事してもらって、私は育児に専念したい。もちろん家事もちゃんとやりますよ。
子供の成長をずっと近くで見られる妻が羨ましい。
「おまえ、おとうさんなのに」がちょっと盛り上がってる。
なんかもうネタ化してる。。
これを女性で子育て経験者が書いてたらこんな詞にはならないし叩かれなかっただろうなと思う
歌い手をだいすけお兄さんにしとけばなにしてもママさんは褒め称えると思ったら大間違いだったな
f:いらないだろ、家庭生活破綻者のはなしは
「トイレの神様を聞くと、子供の頃のワンオペトイレ掃除の辛い記憶が蘇って苦しくなる」
みたいな馬鹿馬鹿しい苦情をいう大人が増えた事が一番の大問題。
子供より遅くに起きて起こされる母です、ごめんなさい
さすがに妊婦のときにヒール履いてたらやばいかもだけど梅宮さんのそういう感じはいいとおもう。私も母親だけどネイルしてるし、子供と一緒の時間に寝て、一緒に12時間位寝ることだってある~
別に押し付けじゃないし、自分と当てはまらなくても、こんなおかあさんもいるって聞き流せばいいと思いました。
仕事や環境が人それぞれ違うんだから、当てはまらなくて当然。聴いて感動する人もいるのに、人の創作物を事実と違うと批判する意味がわからない。
こんなにも気持ち悪い歌、子供が歌ったら嫌だわ。
それはそれで少数派なんだろうけど、子供を持つならそのくらいの覚悟で、って意味で、強制とかではないと思う。
お母さんだからじゃない、子供のことが好きだから喜ぶ顔が見たくて「好きなおかずもあげる」子供と一緒に見てたら自然と「新幹線の名前も覚えちゃった」
「今は服もご飯も 全部子供ばっかり甘いカレーライス作ってテレビも子供がみたいものあたし おかあさんだから」こんな恩着せがましいこと子供に言いたくない。あんたのせいで私はいろんなこと我慢したのよって?あんたがいなければ夜遊びしてたわって?絶対聞かせたくない曲。
母親からの意見でできたのはわかった、でもお母さんの気持ちはちっとも理解できてない。
この種のクレームみたいなものを簡単に世に広めて、
それがさも世間の意見(本当は極一部なのに…)を
押し通したりそれがまかり通ってしまう事に違和感を覚える。
でも、爪の長いお母さんは俺は嫌だなぁ(手のモデルとかなら別だけど)。
そこはもう『思いやり』や『気遣い』だと思うんだけど。
「おかあさん」の数だけ いろんなお母さんがあって良いんじゃないかな
良い悪いは 後回し わが子のことを思ってその時できる一番のことを皆さんしているでしょう
反対する人反論する人もいるでしょうが 我が子 可愛くない親なんていない 時折少数いますが 大多数 そのときの金銭状況子供に向けれる時間 他の家族や自分にできること のなかで愛情注いでます。
好きで施設や託児所預けてません。自分が精神的に不安になろうが怪我しようが病気なろうが癌になってても黙ってできることしてます。父親も同じ。
「あたしが おかあさんだったら」あたしの数だけ いろんなおかあさんがいると思います。
そこに愛情があれば その先に愛情あれば良いじゃないのかな。
週刊誌やワイドショーに流されたり 多くの評論家ほっとけば良いんです。
だから 蝶野さんのコメントが好きだな
実際はそんなこともないんだけど
特に子育てなんて後ろめたさの連続だからね。あーしてれば良かったとか、ちょっと叱り過ぎたかなとか。
夫の立場からもそう。妻にいろいろ負担かけてるのわかってて後ろめたい思いもあるわけよ。そういういろんな人の後ろめたさを指摘するような歌詞に聞こえるから反発が起こる。
そこまで考えずのものなのか。それとも想定通りの炎上なのか。それはわからないけど、なんか商い商いしててやらしいなとは思った。
共感できなければ脳内スルーするだけ。
共感できなければ批判っていう風潮に違和感。
押し付けがましい
古臭い
それ以上でもそれ以下でもない