RT>鳥居みゆきが発達障害の診断を受けない理由「何かしら診断名がつくのはわかってるけど…」
お若い頃のネタを観て根本から凄い方だとは思ってました。やはり問題を抱える人は、人間や自分というものに向き合うので知識の探究も止めることはないです。生涯続ける作業なので https://t.co/ztS0J2RSy0
— 🐏American Hard Rock🦅 (@cat_n_sweets) April 27, 2024
ネットの反応
「子どもがつらくないことが第一」の項に書いてあることが本当に真実だと思います。
私も2歳頃から次男が発達障害なのではないかと思うことが増え、不安になり、入学してから学校でも指摘を受け、小1で検査も受けましたが「診断をつけるほどではない」と言われました。その代わり「運動発達遅滞」という診断を受けました。
「頑張って走っているのに、うまく走れない」「腕と足がこんがらがってしまう」と言って泣いていた次男の姿がストンと腑に落ちました。
現在中1の次男はおかげさまで、跳び箱も7段跳べますし、小1で全く跳べなかった縄跳びも、二重跳びができるくらい上達しました。初めて目にした時は嬉しくて泣きました。
「できない子」と思わず、子どもの困っていることを一緒に考えることの大切さを、たくさんの人に知ってもらえたら、みんな幸せになれるのではないかなと思います。
ウチの嫁さんは次男の発達の遅さに、なんで私がこんな子を、と言って外へ出したくない!とまで言っていた事があります。確かに能力は劣る子供でしたが歳をおうごとに努力をしていたのを思い出しました。自らアルバイトして専門学校に入り就職し。入った会社が食品会社で不法な残業や休日無し。ボロボロ状態の毎日で今は致死性不整脈で植物状態です。息子さんが良い仕事に出会う事を切に願います。
運動音痴と障害では全然レベルが違う。息子が発達障害ですが、小さい頃は走るのでさえも大変だった。ただ遅いというよりも、体をどう動かしていいのか、まさに脳が混乱している感じだった。
作業療法の先生によると、幼い頃に経験値を積むことがすごく大事で、実践することによって体の動かし方を段々と理解できるようになるとのことで、体操教室に入れたのは大正解と言われました。
また極度の高所恐怖もあったが、それも脳の仕組みの違いからくるので、経験させると慣れてくるとのことで本当に良くなりました。
努力が足りないのでも、怠けているのでもないということを親がきちんと理解してあげられることから、自己肯定感が損なわれないで済む。
親だけでなく先生や友人など周囲の理解は、二次障害を防ぐためにも大事だと思う。
運動発達遅滞というのは初めて聞きました体の使い方がうまくできるようになるのに、
人より時間がかかっちゃうって感じでしょうか?
なぜか人と比べてうまくいかないとき、
「運動発達遅滞だから」という理由付けができるのは、
とてもありがたいですよね
なぜなら、対策が打てるようになるし、
今できないことも受け入れやすい
理由がわからないまま、人と同じようにできないのが、
一番つらいんじゃないかなと思います
自分は、娘が読書感想文が書けないのを、
「やったらできる子やのに、なんでやらないのか」
と怒ってしまいました
何度も
それで、最悪の事態を引き起こしそうになりました
最低な親です
結果としては、ASDでした
中3まで普通の子だと思っていて、まったく気づきませんでした
やろうとしてもできないんですよね
自分の特性がわかってからは、
親子間の接し方もかわり、今は仲良くしています
コメ主さん、綺麗事だと思いますがなった人にしか本当の苦悩は分からないのかもしれませんが涙がでるくらいの日々を送ってるのかもしれませんね。
それを良しと前向きに向き合える方もいれば、不安が先に心細く日々を送る方もおられると思います。
周りの子達よりも発達は遅いかもしれませんが、成長を喜ばしく思えるのは皆一緒。
徐々なのかもしれませんが、コメ主さんから感じる愛情でいつしか周りの子達に追いつき追い越すことを祈ってます。
頑張ってください。
うちも息子は知的には問題ないけど、極めて運動能力が低く、赤ちゃんの頃から違和感あり、発達性協調運動障害と診断されました。昔だと運動苦手で終わっていたけど、今は運動療育行けるし、何でもやれる事してあげたいなと思っています。
自閉症スペクトラムの子を育てています。
そのくらい発達障害や運動遅延の子育てが大変だと言うことです。
障害という診断があるからこそ今までの出来事が腑に落ちる。
診断が出て療育や支援が受けられるから可哀想ではないですし共に歩んでいこうと前向きになれるんです。
今の療育や発達障害の定義や治療方法については基本全て健常者が作ったものです。健常者には絶対に分からないんです。なのに子供や患者を無視して勝手に周りで学問にして研究などしても本当に心の底から患者本人が改善しているそんなことは確定していない。いやいや本人が「よくなった」「うん」うんとしか言わないでしょう。そんな学問で検証された治療法や療育でうまくいくとお思いでしょうか。
そこから間違っているのに子供中心では全くないと思います。
うちの長女(小3)も、コメント主さんのご子息と多分同じです。診断前ですが、恐らくCDCです。8歳にして、でんぐり返りも怪しいし、鉄棒前回りもできません。跳び箱も飛べず、縄跳び前回しも10回跳べるかどうか。
乳児期から運動発達だけ違和感があったものの、知的や情緒は問題ないので、検診も発達相談も『運動音痴』でずっと済まされてきました。中には「お母さんがお外遊びを促さないから…」と言われ、育て方が悪いのかと以前は悩みました。
今は、「体の動かし方が分からない」と言う長女に、どれだけ寄り添えるかを、考えています。この頃は、長女が出来ないことを、次女が先に出来るようになることが増え、本人は悔しい思いをし、自己肯定感が下がっているのが分かります。長女は長女らしく、彼女のペースで進んでいけばよいということを、何度でも伝えていきたいと思っています。
>上手くいくようになる時って、突然訪れたよ発達障害あるあるですよね。
うちにもDCD(発達性協調運動障害)グレーの子供がいます。
専門機関で検査をしても診断には至らないので、運動療育を受けられるわけではなく‥。
小4で逆上がりが出来ないので体育は運動場の隅っこで一人ずっとやらされています。学校には書面を持ってDCDの傾向があると伝えていますがそんなもんです。
周りの経験談や病院から、「ある時ふと脳の回路が繋がって体の動かし方がわかって、急に運動できるようになるから(もちろん全員ではない)、今はできる事をできる範囲で頑張ろう」と言われました。
定型発達が階段を登るように成長するとすれば、凹凸っ子は階段の踊り場があるイメージだそうです。
日常の全ての動きに対してなのでかなり生きづらいと思います。自己肯定感下げないようにほどよく運動させています、、。
自分は発達障害があっても、片親の父はその診断書を無視しました。自分は普通学級の勉強について行くことは難しく、仲良し学級へいくしかありませんでした。父は昭和の戦後を僅かに経験してる人間なので、自分の家庭も普通ではなかった。周囲の親が30代40代の中、自分の父は60代です。頑固な父も自分が勉強に苦労してるのは理解してくれました。この学級へ入れてくれたのは、厳格な父の譲歩です。しかし、障がい者とは認めなかった。人生、苦労しました。結果的に父が亡くなる直前でしか、自分は親孝行を果たせなかった。大人になった後に診断を受けて、発達障害があると言われました。障害者手帳を貰い、自分で説明が難しい場面がきた時には、その手帳を見せて、相手に伝えています。正直、しんどい場面もありますが、それでも俺は会計の仕事をしたり、事務処理の仕事をなんとかやっています。親が早い段階で認めてくれないと、子供は凄く苦労をします。
児童発達支援施設で療育をしています。基本は〝子供が療育のための施設〟ですが、親御さんが育児から離れて自分の時間を持つために障害がある子をお預かりする場所でもあるんです。だから精神的に体力的に潰れてしまう前にどうか、躊躇わずこういう施設も頼ってください。親の精神的肉体的な健康も子供たちには大切です。私たちも全力でサポートします。やっぱり綺麗事だけでは語れない部分ってたくさんあります….
本当に療育へ言って欲しい。何十名の発達障害と関わると分かるようになる。自分でなんて子どもも親も無理。そしてそれが理解できないか、受け入れたくないこだわりがあるのが、発達障害。親も子も祖父母も発達障害の可能性があるので、なかなかこちらの意図が伝わらないなぁ。。。涙
断言しよう。
発達障害の8割は親からの遺伝によるものである。自分ではどうしょうもないんだよ。
人生辛いだろうけど受け入れるしかない。
療育は子どものための側面はもちろんありますが、ペアレントトレーニングや専門家に悩みなどを相談出来る、親への支援の部分もかなり大きいと思います。
発達障害だと言っても千差万別だし、障害だというとよくわからない場合は構えてしまうし、ママ友なんかと気軽に話せる話題ではないから、親としては孤独を感じるかな。
同じような境遇の人ともっと話したいし、何か助けになれるならなりたいと本当に思うので、鳥居さんの行動力を見習いたいです。
共感します。
濃淡の中であって一人ひとり本当にそれぞれ違うので気軽に話せるものではないですよね。
凹凸のある子の親も同じ傾向があるだろう、と思われているのも話しにくい理由の一つです。でも、何の悩みも無さそうなお子さんに実は困り事がある、なんてよくある話なので話せる場所があったらお互いに気が楽になると思います。
発達障害の重い軽いは確かにあると思いますし、明らかな場合は周りも気を付けますが軽い場合は分かりにくいのでトラブルになります。軽い場合でも自覚することが大事だし、周りもそれに気が付けば騒ぎが小さく済むかもしれません。大人なるまで分からない人も多いと思いますし、仕事上でトラブルと大きな迷惑になるので気を付けないといけないと思います。かなり多くの人が何かしら当てはまるのでではないかと思います。そういう人が周りにいればそれはそういう性格だと諦めて接していますし、自分もそうではないかと気を付けています。
そうですね。
他の病気などと違うところで、
障害だな、と思うぐらい重いと周りもそういう前提の対応のしかたをできるといったこともありますが、
「ちょっと変わった人」と思われるぐらいの範囲に収まるレベルだと、邪険に扱われたりしてかえって生きづらくなることがあると感じています。
ほんとそれです。人数で言えば、グレーが一番多い印象ですが『ある程度できてしまう』ため、見極めも難しく感じます。
発達障害の子については、デコポンのような内容で両者に気づきを持ってもらう専用の時間(道徳の延長?)があれば、当たり前の特徴の子として人も社会も、もう少し受け入れが容易になる気がしています。
幼少期のサポートが大事なので、おかしいかもと気づくことも大事だとは思いますね。
まだ発達障害が世に認知されてなかったとき、友人があまりにも仕事でできず怒られる事が多く悩んでいた事があった。私自身も日常生活で交友していておかしな点が結構あったのを感じた。たまたまテレビ番組で発達障害の特集がやっていたので視聴したら、あまりにも友人に当てはまる事が多かったので教えたらその友人も答えが分かったように納得していた。発達障害だと分かった事で気持ちが楽になったのか受け入れる事ができ自分自身を知ることができたと言っていた。もちろん人によっては落ち込む事があると思うが、救われる人もいる。
そうですね、特に大人の場合それまでさんざん自分を責めて生きづらい人生を過ごしてきた人たちにとって、発達障害の診断はこれ以上自分を責めすぎない意味でずいぶんと楽になることだと思いますし、安易?な障害認定は逃げ道や甘えだと思ってる人たちには特にそこを理解してほしいと思いますね