先月、親戚の葬儀にリモートで参加した。(葬儀屋さんがYouTube配信を用意してくれていた)家族とともに、お別れの時間を過ごせて本当によかったと思ってる。ただ訃報を聞いただけでは、なかなか別れと向き合えないと思う。https://t.co/8PrZamYGIZ
— ysh (@ysh__kk) September 6, 2020
いやー、御母堂様の死までこうして阿川流のまとめ方。さすがです。
全アラフィフ必読。阿川佐和子「コロナ下で認知症の母を看取る。面会はLINE、葬儀はリモートに」 https://t.co/72yLjD6H0V
— 船橋メタル (@fz10701) September 6, 2020
ネットの反応
家族葬が多くなり身内の方でも呼んでもらえなかったと言う声が聞かれます。お通や、葬儀には繋がりのあった方たちにできるだけ参加して頂けたら、それで故人との繋がりを切って頂けると私は思っています。後の付き合いを考えるならば、香典と供花の辞退で済むと思うのですが。
誰にもやってくる
現実問題。
私の母も病院に今入院して
います。
できるだけの事は
しようと頑張るつもりですが
認知症も重度になると
今の状況から1日でも
早く逃げ出したくなります。
この記事を読み反省
させられました。
また頑張ろという力を
もらいました。
娘時代から病気がちだった私の母は認知症になってから苦労が分からなくなり、病気一つしなくなり、以後30年間長生きしました。
認知症になると新しい記憶はすぐに消えますが、昔の記憶と感情はありますから、好きだった音楽を聴かせると、亡くなる少し前まで口パクや手足を動かしていました。家族として、人とちがう別の世界で楽しんでいると思っていました。
私も今年の4月に父を亡くしました。脳梗塞で2年入院していたのですが、朝、血圧が低いので念のた面会を、と病院から電話があり私だけが面会に行って声をかけ、手を握っていると、10分ぐらいで心停止になってしまいました。
半年ぐらい会えずにいたしますので、病院の方は、娘さんを待っていたんですね、と言っていただきました。私は、奇跡のようなタイミングで、母も祖母も愛犬も最後の一息まで、看取りました。長女の私は、看取らせてもらったという思いです。最期に立ち会えるのは、残された人の救いになると思いました。
私の母は99歳で亡くなりました。この方のように最期まで見とった訳ではなく、施設内で亡くなりました。施設にいる間に、一旦入院ました。そな時の介護が私でした。一晩徹夜して母を見ました。
その晩は色々な経験をしました。小さな小人が火のベットの下に歩き回り死ぬのかな、と思いました。翌朝一旦回復しまして健康を保つ事ができました。
このような状況ですから、会える時に会っておきたいけど会えない。連絡はLINE、葬儀もリモート。やり切れない思いと会えない悔しい気持ち。
全てはコロナ感染だけど、何が正しいとか悪いとかも言えないし、認知症が悪い訳じゃないけど、このような病気に向かっていかなければならない現実です。介護側も大変辛い事です。
認知症で施設にいる叔母も娘2人と月2回ビデオ面会しているそうです。一人はロス在住なので来日出来ず、来たとしても面会できないので仕方がないですね。
ただ阿川さんのように要望を出したのではなくて、施設側のサービスだそうです。
裕福な家庭であれば、様々な補助とお願いできますが、
そうでなければ、自分(=介護する側)が、生活や時間をけずって、面倒をみなくてはなりません…。本当に、尊厳死のようなものを認めてほしいものです。
たんに長く生きることが美徳ではないはずですから。
世間の流れとは逆行しているのかもしれないけれど、去年、父と母と続けて見送り、きちんとしたお葬式をして、香典返しも、どうしても、父や母がお世話になったお礼を言いたくて、なるべく足を運びました。
自己満足かもしれないけれど、とても暖かい気持ちになれ、感謝ができました。
阿川さんが一人一人に連絡されたその時間もお母様との大切な思い出の1つだと思いました。